白夜の下で眠るということ

6月と7月、ラップランドでは太陽が沈まない。夏でいちばん不思議で贅沢な現象だが、最初に壊れるのは睡眠だ。体が時計を見失う理由と、その付き合い方。

ラップランドの夏、最初の夜はだいたい誰にとっても同じように過ぎる。夕食を終えて外を見ると、光はまだ

午後遅くのようで、時計を確かめると午後11時。カーテンを閉めても、縁という縁から明るい線が漏れてくる。

午前1時には、窓から時刻を推測するのをあきらめる。窓が何の役にも立たないからだ。これが白夜であり、

ラップランドの夏を決定づける、少しばかり方向感覚を狂わせる体験でもある。

そして初めて来る人が最も備えていないのが、まさにこれだ。冬はオーロラが注目を全部持っていくが、

夏の側、つまり単純に沈むことを拒む太陽も、放っておけば静かに睡眠のリズムを壊す。空で実際に何が起きているのか、そして疲れ切った休暇にせずに

明るさを楽しむにはどうするかを書く。

ロヴァニエミ(北極圏上): 太陽はおおむね 6月6日から7月7日 まで地平線の上にとどまる。約1か月の連続した明るさだ(Visit Rovaniemi)。

最北部: ウツヨキ、ヌオルガム、キルピスヤルヴィといったフィンランド最北の村では白夜の期間がもっと長く、およそ5月中旬から7月下旬まで続く(Visit Finland)。

北極圏より南: 厳密な白夜はないが「白い夜」がある。6月のフィンランドでは、どこにいても空が完全に暗くならない。

睡眠を乱すもの: 気温ではなく光だ。体内時計は明るさを「起きていろ」と読む。だから対処は部屋を冷やすことではなく、光を遮ることになる。

その代わりに得るもの: 真夜中に明るいということは、何時でも歩き、釣り、漕ぎ、湖畔に座れるということだ。「暗くなる前に」と急ぐ必要がない。

なぜ起きるのか、どこまで北へ行けばいいのか

白夜は、冬に長い暗さをもたらすのと同じ極地のサイクルの、夏側の半分にすぎない。北極圏より北では

地軸の傾きによって、夏至(6月21日ごろ)を挟むひと続きの期間、太陽が地平線の上にとどまる。

北へ行くほどその期間は長くなる。北極圏上での数日が、フィンランド最北端では2か月以上に伸びる。

ロヴァニエミはほぼ正確に北極圏の上にあり、だからこそ白夜の窓が有名な「約1か月」、6月初めから

7月初めまでになる。単に非常に明るい薄明ではなく、真夜中に太陽が地平線をぐるりと回るのを

はっきり見たいなら、北へ向かうといい。イナリ、ウツヨキ、キルピスヤルヴィが最も明快な形を見せてくれる。

とはいえ正直なところ、南部ラップランドや中部フィンランドでも6月の実感は同じだ。

本当の問題は、体内時計が消灯の合図を見つけられないこと

睡眠を支配しているのは壁の時計よりも、目に入る光のほうだ。普通の条件では、薄れていく夕方の光が

脳に「そろそろ落とせ」と伝える。白夜の下ではその合図が来ない。だから最初の1〜2日、

午前1時に目が冴え、正午に頭が重いというのは本当にありふれている。良い知らせもある。

これは十分に扱える問題で、光の問題には光の解がある。

光をきちんと遮る。 これで9割が片づく。夏の客を想定したラップランドのホテルや

キャビンには遮光ブラインドや厚手のカーテンがすでに入っていることが多いが、性能は縁の隙間次第だ。

まともな アイマスク を一つ持っていけば、部屋がどうであれ守られる。

就寝時刻をぶらさない。 「まだ夕方に見えるから」と起きていたくなる。普通の時刻を決めて、

目が反対しても守る。眠気を追いかけるより、一定の時間割のほうが早く整う。

午後10時以降は画面を暗く。 スマホもノートPCも、空がすでに送っている「起きていろ」

の信号に上乗せしてくる。夜間モードと輝度を落とすことが、自宅にいるとき以上に効く。

サウナをフィンランド式に使う。 夜遅くに温かいサウナへ入り、そのあと涼しい湖に浸かる。

これが地元の締めの儀式であるのには理由がある。そのあと体温が下がることが、強く自然な睡眠の合図になるからだ。

しかも一日でいちばん良い時間でもある。

メラトニンについてもよく聞かれる。まさにこの種の、光による乱れに対して広く使われているものだが、

ここで用量を指示するつもりはない。試したいなら、出発前に薬剤師か医師に相談してほしい。

大半の人は、良いアイマスクと守られた就寝時刻だけで足りる。

裏返せば、毎日半日ぶんの時間が増える

睡眠と折り合いをつけてしまえば、白夜は問題ではなくなり、そのまま目的になる。追いかけるべき「最後の光」